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「38度線のマリア」1月29日号2013 心のメール通信『Win Win』

おはようございます
今朝は「38度線のマリア」です。

『オンマー(お母さん)僕たちにはオンマしかいないんだよ!』
『僕たちのオンマに何するんだ?』

韓国人の孤児たちに愛され、戦争孤児133人を育て上げた日本人女性『望月カズ』さんをご存知ですか?

彼女は4歳の時、母親と満州に渡り、6歳の時に孤児となります。
中国人農家に売られ過酷な労働の日々、異国の地でひとり、必死で生き抜きました。

23歳の時、朝鮮戦争が勃発。ソウルにいた彼女も戦火に巻き込まれます。
ある時、目の前で女性が銃弾に倒れて即死。胸に抱かれた男児を救出しました。

『ゴメンね、あなたを育てる余裕はないの』『誰か優しい韓国人に拾われてね』
生きるだけでも必死な暮らし、子供を置き立ち去りかけました。

しかし、その純粋無垢な姿と、自分が孤児として歩んだつらい日々を思い出し、引き返し抱き上げたのです。

この時彼女は、『孤児を育てる!』と決心をしたのでした。

気が付けば・・・すぐに17人の孤児の母親になっていました。

肉体労働、まき売り、軍手作りの内職、お金になることは、何でもやりました。
時には自らの血を売り、孤児たちを育て続けました。

『日本人め、出て行けー!』『日本人が商売なんて生意気だ!』

当時は、今以上に反日感情が非常に強く、何度も何度も韓国人にイジメられ、時にはねぐらを壊されたりしたのでした。

しかしカズさんは卑屈な生き方を嫌い、子供たちにも決して甘えを許しませんでした。

『転んでも転んでも、だるまさんのように立ち上がるんだよ』
孤児たちにも厳しく育てたのでした。

どんなに貧しくても、カズさんは子供たちを学校に通わせました。
そして何より彼女は日本を愛していました。

普段から和服とモンペ姿で通し、子供達には日本の歌を教えて、一緒に歌い、端午の節句には、人の目を気にすることなく、毎年こいのぼりを立てたのです。

『韓国人孤児を育てている日本人がいる』
韓国の新聞に取り上げられたのをきっかけに、彼女の献身的姿が、韓国の人の心を動かしました。

世論が彼女を支持し始め、ついには、
1971年、大韓民国政府から大韓民国名誉勲章を受勲。

世界は彼女を『38度線のマリア』と賞賛したのです。

彼女は裕福なわけではありませんでした
彼女は学問に優れていたわけではありませんでした
彼女は何ひとつ恵まれてはいませんでした
しかし彼女の心には『「日本人の誇り」と「愛」』がしっかりと刻まれていたのです。

誇りと愛を支えたモノ・・・・・それは、「この子たちを守る」という使命感だったのではないでしょうか?

私たちは、何もなくても、強い意志と使命感で、望む未来を実現することが出来ます。

限りある命
今日生きてる、自分自身にありがとうにこにこ
今日も早速、天国言葉を言いましょう!

「愛してます」「ツイてる」
「うれしい」「楽しい」
「感謝します」「幸せ」
「ありがとう」
(自分自身を)「ゆるします」

『あなたにすべての良きことがなだれのごとく起きます』
笑顔で人にやさしい素敵な一日を!

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