コロナワクチンの義務化に対して、世界の多くで反対運動が行われている。
中でも有名なのが、カナダのフリーダムコンボイ。トラック運転手たちが全カナダから大挙して首都オタワに集結した。そして彼らを多くの市民が応援した。最終的にカナダ政府はなんと傭兵を投入し彼らを排除という蛮行にでる。
日本のメディアはこのことをほとんど報道しないが、この流れはオーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、パリ、フィンランド等のヨーロッパへ波及し、現在はアメリカで最大の規模となっている。
FBでフォローさせていただいている Chihiro Sato-Schuh さんの投稿より、原文そのままに転載させていただきます。ぜひ、ご一読ください。
【フリーダム・コンヴォイは失敗だったのか?】
フリーダム・コンヴォイに参加したトラック運転手たちは、しまいにはオタワで警察に追い散らされてしまったのだけれど、彼らは何かとても大きなことをしたという誇りを持っているのだと、元王立カナダ騎馬警察のダニエル・ブラフォードさんは言っていた。
ダニエルさんは、騎馬警察として首相を護衛する役を勤めていたのだけれど、例の注射を拒否して職を失った人の一人だった。警官として、守るべき基本的人権や憲法についてもよく知っている彼は、感染対策として政府がやっていることは、まったく人権を無視したあり得ない不当行為であることに気づいていた。何が起ころうと製薬会社は責任を負わず、しかも何が起こるかわからないようなものを、自分の身を守るために身体に入れろなどというのは、どう考えてもおかしい。警察官として防具は身につけるけれど、それはどう機能するか自分でちゃんとわかっていてのことだ。車だって、安全性がわからないようなものに乗りはしない、と彼は言っていた。
カナダの西側からフリーダム・コンヴォイが出発したとき、トラック運転手たちがカナダの人々皆のために立ち上がったことに感動したのだと彼は言っていた。運転手たちは、自分では注射をすでに打っているのに、他の人々を守るために立ち上がったのだ。それで、自分も何かやらなければと思った。それで彼は、コンヴォイの運転手たちが警察と衝突するのを避け、すべてが安全に進むように調整する役を買って出た。
そこで彼が見たものは、騎馬警官としてこれまでに見た数々のデモやあらゆるイベントの中でも、決して見たことがないくらいに平和的で調和と秩序のある集まりだったそうだ。トルドーは、少数の自分勝手な人たちだと言ったけれど、そんなものでは決してなかったと。誰でもたがいに暖かく迎い入れ、ハグし合い、そこにともにいることを喜び合う祝祭だった。皆で食事を作り、雪の中で立って食べているのだけれど、皆が自然に協力しあって、いつもあとをきれいに掃除していた。子供たちも皆一緒に片づけたりしていたそうだ。驚くほどにすべてに秩序があって、混乱なく行われていたのだと。
食料もガソリンも、調理器具や燃料なども、すべては寄付で賄われていた。あまり見事に整っているので、何かの組織が関わっているのではないかという話もあったけれど、ダニエルさんの話を聞いて、やはりそういうことじゃないのかもしれないと思った。このトラック運転手たちの行動に感動して、自分も何かしなければと思った人たちが大勢いたのだ。そのために寄付のお金がものすごい額になっていたのも事実だ。沿道にも高架橋にも、信じられないくらいの人々が出て、声援を送り、食料や燃料を差し入れていた。子供たちは、手に手に「トラックのおじさん、みんなのためにありがとう」と書いたプラカードを持っていた。トラック運転手たちが自分たちのためだけではなく、皆のために動いていることが、カナダ中の人々の心を動かしたのだ。
だからこそ、ダニエルさんも警察との交渉などを買って出たのだし、そんな風にたくさんの人がそれぞれ自分にできることを自然に始めてしまうような雰囲気が、そこにはあったのだと思う。ポジティブな意志と愛から行動していると、自然に協力する人が集まってきて、必要なものもタイミングもすべて自ずとそろってしまうというようなことがある。トラック運転手がカナダの西の端から何日もかけてやってくるというその行動力が、多くの人の魂を動かしたのだ。
トルドーは、少数の自分勝手な人間がオタワの市民の生活を混乱させていると言っていたけれど、コンヴォイが占拠していたオタワの街は、これまでになく安全で整然としていたとダニエルさんは言う。愛と感謝の思いで人が動くとき、そこには自ずと心地よく調和のある空間ができあがるのかもしれない。大都市の人々は、ふだんはそれぞれ自分のことだけを考えて孤立して生きているけれど、そこにコンヴォイが到着したことで、人々の間に調和のあるつながりの感覚が生まれたのかもしれない。
カナダ人というのは、地方自治権が強くて、カナダ全体のことには無関心な人が多いというのだけれど、コンヴォイでそれぞれの地方からオタワに向かっていったトラック運転手は、自分が初めてカナダ人であることを意識したそうだ。「これほどカナダ人であることを誇りに思ったことはない」とある運転手は言っていたそうだ。
トラック運転手たちは、「政府がすべての規制を取り下げるまではオタワに留まって抗議し続ける」と言っていた。結局、政府は一度も交渉に応じないまま、傭兵を雇ってトラックを排除させてしまった。そのことは世界中の人々に、政府が国民のために動いてなどいないことを、はっきりと示してしまった。ちょうど同じ頃に、ニュージーランドでもオーストラリアでもフリーダム・コンヴォイが首都で非道な弾圧に遭っていた。オーストラリアでは、マイクロ波の武器がデモの参加者たちに照射されて、何人もがひどい火傷を負っていた。ニュージーランドでは、警官がテントに火を放って破壊していた。
コンヴォイは規制を撤廃させるという目的は果たせなかったのだけれど、デモの人たちの姿を見ていて、私はこの人たちが負けたのだとは思えなかった。政府の規制のことなどよりも、もっと大きな何かをこの人たちはやり遂げたのじゃないかとそう思えたのだ。オタワと同様、ニュージーランドの首都ウェリントンでは、議事堂前にキャンプの村ができていたそうだ。子供たちも一緒に、皆で食事を作り、歌い、踊り、すべてが見事に整って、共同生活が行われていたと。
警察にまわりを取りかこまれながら、デモの人々はさほどあわてる風もなく、平和的で穏やかな様子だった。その人たちが、地に足をつけ、力強い生命力を発しているのに対して、命令に従っているだけの警官たちはひどく影が薄く見えた。これまで私たちの多くは、お金を稼ぐことや競争やらに追われて、多かれ少なかれこの警官たちみたいに上からくる命令に従って生きていたのだ。ここまで追い詰められて、ようやく従うのをやめ、自分の魂とつながって生きることを選んだ人たちが、この生命の力と人々とのつながりを取り戻したことこそは、かつてなかったような大きなことではないかと、私は思う。
私たちは、これまでつねに分断されて生きていた。東ブロックと西ブロック、自分の国と隣の国、白人と有色人種、ありとあるところで、こっちとむこうとに分かれ、たがいに敵対し、争い合って生きていた。だけどそんなことも、実は支配者たちが漁夫の利を得るために焚き付けていたことが、だんだんとわかってきた。この2年間に政府とメディアとがいかに嘘をつき、虚構を演出するのかも見てきたし、ここに来て、ウクライナとロシアの戦争で、世界中がいかに敵対関係に分断され焚きつけられるのかを見て、これまでの敵対関係など、実はすべて演出され、作り出されたものにすぎなかったのではないかと思えてきている。
私たち人間は、恐怖をあおられて、隣の誰それが自分にとって脅威だなどと思わされなかったら、目の前にいる人たちと自然に共生していこうとするだけだ。それまでの生活を犠牲にする危険を引き受けて、カナダやニュージーランドで首都に集まってきたコンヴォイの人たちは、そこに自然と調和と共生の関係が生まれるのを経験したのだ。
そのことこそは、歴史を変えるような大きなできごとではなかったのかと、私には思える。支配の世界から、横並びの調和の世界へ。生存競争の世界から共生の世界へ。2年前にこの奇妙なパンデミックが始まったときから、何か大きな世界的なシフトが起きているのを私は感じていた。それが今、ここまで来たということなのではないかと。
分断され、階層分けされて、たがいに争い合うようにこれまでの社会はできていたのだけれど、分断がなくなれば、ただ個と個の人間があるだけだ。個は、自然と調和を求め、周囲と共生しようとし、自ずと調和の関係が生まれていく。それが本当に起こることを、コンヴォイの人たちは経験し、それを世界中に示したのだ。オタワとウェリントンで起こったのなら、どこの街でも起こり得る。一度誰かが達成したことは、次にはもっとやすやすとすることができる。だから、この経験は世界全体にとっての大きな達成なのだと思う。
それを思うならば、政府が譲ったか譲らないかなど、ささいなことに思えてくる。政府に勝ったか負けたかということでさえなく、これは私たち自身が支配されない存在になっていくための、歴史的な一歩だったのだと。

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北出敏行

代表取締役
ワンコとキャンプが大好きです。キャンプスタイルは、夫婦+ワンコ、ここ20年、ずっと4匹のワンコと暮らしてきましたが、立て続けに2匹(バーニーとミニチュアダックス)をお空に還し、今はボーダーコリーのまりりん(女の子)、黒ラブのアンディ(男の子)との生活を楽しんでいます。

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